故郷の春を懐かしむ−マルバマンサク
新潟県の魚沼地方には「ボイ山」と呼ばれる二次林が存在します。「ボイ」とはそだ(粗朶)のことで、「ボエ」とか「ボヨ」と呼ぶ人もいます。このボイ山は、主に家庭用の燃料として10年前後の短い間隔で皆伐が繰り返されたために、高木性の樹種が減り、アブラチャンやオオバクロモジなどの低木性樹種で構成されるようになりました。
魚沼地方に近接する東頸城郡松代町で育った筆者も、子どものころに早春の「ボイ伐り」を手伝った記憶があります。最初に、しなやかで折れにくいマルバマンサクやネコヤナギのような「ねじり木」と総称される樹木を伐採します。次に、抱えられる程度のボイを束ね、両端をあらかじめ伐採しておいたねじり木で縛ります。その束をスギ林の中に積み、さらに雨が当たらないようにススキの葉などで覆い、乾燥させます。そして、秋になって「焚物小屋」と呼ばれる部屋に格納して、ご飯を炊いたりするのに利用していました。しかし、やがてガスや灯油が普及するにつれてボイ伐りも行われなくなり、焚物小屋は筆者の勉強部屋に変わったのでした。
ボイを縛るために利用したマルバマンサクはマンサクの変種で、東北地方から鳥取県までの日本海側に分布しています。マンサクの葉と比較すると上半分が半円形をしているのでマルバマンサクと呼ばれるのですが、マルバマンサクの中でも葉の形に変異があり、新潟県では日本海に近づくほど葉の丸みが少なくなるようです。
マンサクの名は、「豊年満作」や「先ず咲く」からきているという説が一般的です。「豊年満作」とする説は、葉のない枝に花がたくさん咲くことや、曲がりくねった細長い花びらが豊年満作を願って踊る姿に似ているからだそうです。
一方、「先ず咲く」とする説には、マンサクよりも早く咲く花があることから異論を唱える人もいるようですが、多雪地帯に生まれ育った筆者には、まだ1メートル以上も雪が残る彼岸の時期に真っ先に咲く姿に納得しています。
雪の少ない県北の村上市に移り住んでからは、残雪上のマルバマンサクを家の近くで見ることができなくなりました。しかし、厳冬期の登山の帰りに花芽のついたマルバマンサクの枝を家に持ち帰り、暖かい部屋に置いておくと、10日ほどで花を咲かせることができます。そして、白い窓辺に黄色い花の咲いたマルバマンサクの枝をおいて、故郷の春を懐かしんでいるのです。