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49 剽窃登山
昨年末、短い間に二人の登山者に、2回続けて会った。一人は46回に書いた80代半ばの女性で、もう一人は自分よりも若い40代くらいの男性である。
ある山の分岐点で服を脱いで休んでいたところ、その男性が追いついてきて、少し離れてスマホを見ていた。10日ほど前に会った男性だとわかったので、今度は自分から声をかけた。
その男性も分岐点から右折するというので、最初のピークを越えるところまで話をしながら一緒に歩いた。男性は、「明日は県外の一日で20山近く稼げる山に行く」と言う。どうもスマホを駆使して山を歩くピークハンターのようだ。分岐点から右折する道は地形図に印されていないから、分岐点手前でスマホを見ていたのは、あらかじめスマホに入れておいたトレースを確認していたのだろう。
30年くらい前に藪山登山に夢中になっていた頃のことである。山仲間の女性が、「はじめから道がわかっている山なんて、答えを見てから問題を解くようなものだ」と言ったことがある。藪山には道がないから、まわりの山と紙の地形図を交互に見ながら、ルートを検討し目的の山を目指す。しかし、最近のスマホを見ながら歩く登山は、答えをそのまま解答用紙に写しているようなものだ。私はそのような登山を「剽窃登山」と呼んでいる。
探検家の角幡唯介さんは、「スマホを見て山に登る人は、登山に付随する生きるよろこびをわざわざ切りすててしまっている」をあるコラムに書いている。男性登山者が「登山なんて自己満足ですから」と自嘲している姿を見て、なおさら悲しくなった。
写真は、剽窃登山とは真逆の山行をしている山仲間の最新刊『標なき山々 道なき山は未知で満ちている』(新潟日報メディアネット)。
