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47 石黒山の遭難者救出
2000年6月の朝のことだった。母と二人で、岩船港で釣りをしようと堤防を歩いていた時、突然携帯電話が鳴った。アマチュア無線仲間からだった。「石黒山の遭難者と無線がつながっているのだが、山がわからないので助けてほしい」という連絡だった。
急いで家に戻って母を下ろし、朝日連峰の『 登山案内図』(旧朝日村)を持って無線仲間の家に向かった。どうやら山頂から下る方向を間違えて、ビバークしているようだ。6月の石黒山は山頂付近にまだ雪が残っていたらしい。
石黒山は『登山案内図』に 登山道が印されていて、それまで単独で2回登っている。その後、2000年4月に出版された『新潟 花の山旅』(新潟日報事業社)に石黒山が紹介された。遭難者はその本を見て、石黒山に登ったのだろう。
遭難者の捜索は前日の午後10時から始められていた。しかし、無線で交信可能なのは無線仲間の家だけだった。無線は144メガヘルツの直接波で無線仲間の家で交信できることから、山頂から日本海側の岩井沢方向に下ってしまったのではないかと予想した。
朝の県警ヘリでの捜索は、視界不良で遭難者を発見できなかった。しかし、昼前に天候が良くなり、ちょうど三面川河川敷で水防訓練を行っていた防災ヘリが救出に向かうことになった。私は「雪渓の上で目立つものを振ってください」と指示した。そして防災ヘリは沢にいた三人を発見し、無事に救出することができたのである。
遭難者が迷い込んだのは、無線仲間の家とは反対側のフスベ沢だった。遭難者のハンディ機の電波はフスベ沢を沢沿いに上がって鞍部を越え、無線仲間の家まで届いていたのだった。
写真は石黒山山頂からの村上方面(2006年9月)
