二月の散歩

 家を建ててから十年目を迎えたが、家の前を除雪しなかった冬は初めてである。豪雪地帯の除雪作業に比べればたわいもない力仕事だが、冬が冬であることを実感するために毎冬松代を思い出しながら行っていた作業だった。きっと母もそう思いながらスノーダンプを手にしていたに違いない。しかし、そのスノーダンプも家の後ろから一度も玄関前に出ることもなく冬が終わろうとしていた。そんな暖冬を象徴するかのような青空が覗いた二月の日曜日、二人の子供を連れて家から海に向かった。
 実は午前中にも好天に釣られて、一人で海岸をジョギングしてきたのだった。いつもの一○キロ往復のつもりだったが、あまりの天気の良さにさらに岩船港の堤防まで足を伸ばしたのである。母と何度か釣りに来たことがある堤防では、二、三○人の釣り人が糸を垂れていた。その堤防から戻る途中、手すりから海岸の覗いている人がいた。何だろう、と自分も覗いて見ると三メートルもの大きな生き物だった。イルカかなと思ったが、鼻がつぶれた格好をしているので、サメかもしれなかった。尾には紐が結び付けられていて、漁協関係者が引っ張ろうとしているようだった。きっと昨日までの大荒れの天候で砂浜に打ち上げられたまま、息絶えてしまったのだろう。
 急いで家まで戻り、汗で汚れたシャツを着替えて、母と子供たちを車に乗せて海に向かった。しかし、生き物は既にブルーシートで覆われ流木や砂を乗せられて、簡単には見られないようになっていた。子供たちはブルーシート越しに何物かわからない巨大な生き物に恐る恐る触っていた。
 家内は一日仕事の日だった。「子供と一緒に走ってくれば」、と子供のランニングウエアを用意してくれていたものの、こんな晴天に屋内を走らせておくのはもったいない。そこで、午後は家から海まで歩くことにしたのである。
 考えてみれば、これまで子供たちを連れて家から歩いて海まで行ったことはなかった。海までの距離は直線で約二キロ。その間には住宅地、畑、雑木林の砂山がある。カメラだけ持って出かけようとすると、母はミカンを二個持たせてくれた。季笑はちゃっかり小さなチョコレートを三個ポケットに入れている。
 白菜や大根が残る畑の脇にはもうオオイヌノフグリが咲いている。花の名前を教えてあげると、季笑は「この花、見たことがある」と手に採った。
 浜新田集落の公園で少し遊んだ後で、道路を渡る。道路脇にはこれからマツを植栽するのか、防風柵が施工されている。しかし、その防風柵も子供には迷路にしか見えないらしい。ちょうどマツの苗木が仮植してあったので、これから植えるマツに強い風が当たらないようにする物だと教えてやったが、わかったかどうか。
 そこからの標高差はわずか一○メートルほどしかないが、峠のような丘に立つと海が見える。「わあー、海だ」とほんの二時間前に海に来ていたことを忘れてしまったように真登が歓声を上げる。
 丘を下り、道路を渡って、あかまつ荘の脇を通れば海岸である。さっきまで早くチョコレートを食べたがっていた季笑は喉が渇いたらしく、しきりに水が飲みたいと言う。しかし、最初に見つけた海水浴場の蛇口の水道は冬期間止められているようだ。数百メートル離れた次の蛇口は水が出てきたが、赤錆色でしばらくの間、水を出しっぱなしにしておいた。「どうして水が濁っているの?」と季笑が訊く。こんなにも子供に勉強以外のいろいろなことを教えてやるのは久しぶりのような気がする。水が透明になったので、最初に自分が口に含んで確かめた後で、子供たちにも水を飲ませた。
 打ち上げられた生き物はブルーシートに覆われたままだった。午後になれば漁協の人たちが引き上げるかもしれないと思って、子供に見せようとここまで散歩がてら歩いてきたのに残念だった。ベンチに座って二つのミカンを三人で分け、季笑が持ってきたチョコレートを食べた。
 それから砂浜に下りて貝殻を拾った。母が作る人形の材料にしようと思ったからである。真登も季笑も袋いっぱい競うように拾っていた。
 帰りは違う道を戻ろうと思ったが、初めての道なのでよくわからず、国道三四五号線に出た。家までもうわずかなのだが、季笑がまた水を飲みたいと言う。自動販売機が五、六台並んだ薬局の前で、「おつりのところを探すとお金があるかもしれないよ」と冗談で言うと、季笑は本気にしたらしく一台一台丁寧にお釣りのレバーをまわしてお釣りの出る場所に手を突っ込んでいた。
 全部探して諦めがついたのか、喉の乾きも忘れたようで車に気をつけながら国道の端を一列に歩いて行くと、季笑が「お父さん」と言って立ち止まった。にっこり笑った季笑の手のひらには五十円玉がしっかりと握り締められていた。

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