クマに遭う

 カモシカやサルはよく見るが、二〇年近くも山に登っているのにクマを見たことがなかった。ところが最初の出逢いはあっけなかった。
 一九九二年六月、津川町の麒麟山から国道四九号線にぶつかった交差点、つまり現在の磐越道入口で右折しようと赤信号で止まっていたところ、まだ工事中だった反対側の道路から黒い動物が歩いてきた。一瞬犬だと思ったが、鼻がつぶれていた。明らかにクマだった。少し小さかったので、子供のようだった。
 クマは国道を横断し、右の竹薮に消えていった。そして左隣で左折しようとしている車の女性と「今のはクマだよね」とお互いに目で納得しあった。
 それから仕事先に行って、「今、国道でクマを見ましたよ」と職員に言ったのだが、相手にしてもらえなかった。津川ではクマが出没するのは日常茶飯事なのだろうか。
 その約十日後の新聞で、上川中学校付近にいたクマが射殺されたという新聞記事を見た。上川中学校までの距離や二歳のクマであることから、自分が車から見たクマに間違いなかった。そこで先日の職員に電話すると、「あの時、見逃してやったのにねぇ」と答えた。

 二回めは一九九八年七月の鹿瀬町実川だった。羽田寿志さんの『新潟の低山薮山』の出版を祝う集まりで、万治峠からの下山中に突然「ギャー、ギャー」と動物の声が聞こえてきた。十数人の一番後ろを歩いていた私と有田さんは「サルだろう」などと言っていた。ところが前方の女性が「クマよ、クマ」と言うのである。
 急いで前に進んで声のする方を見ると確かにクマだった。冬に産まれたばかりの数十pの仔グマだった。当然母グマが近くにいるはずである。有田さんが慌てて「ナイフ、ナイフ」と言うので、ウエストバッグからナイフを取出し有田さんに渡した。私は木の杖を持っていたので、母グマが現われたらそれで立ち向かえば良いくらいに考えていた。
 すると仔グマはそれから胸高直径二十pくらいのミズナラの木に登り、約五mの高さで二又になった幹の間から顔を覗かせてこちらを見ていた。距離は二十mくらいだった。津川で見たクマは二歳でもう大人っぽい顔つきをしていたが、この子グマはぬいぐるみのような可愛らしさだった。
 木に登った仔グマを見て、「クマに遭ったら、木に登ってもダメよね」と女性のひとりは言ったが、今は人間を恐れたクマが木に登っているのである。私はザックからカメラを取出し、写真を撮った。
 しばらくすると仔グマは我々に敵意がないことがわかったのか、ミズナラの木から下りて、山の遠くに去って行った。


ミズナラに登った子グマ

折立キャンプ場でクマに遭遇(『岳人』2012年10月号「かわら版」)
 この夏、息子と二人で薬師峠に張ったテントを起点に黒部五郎岳と薬師岳に登りました。登山口の折立に下りたのが16時前だったので、その日のうちに家まで帰ることができたのですが、当初の計画通り折立キャンプ場に泊まることにしました。
 キャンプ場の奥のテーブルには休んでいる人が何人かいましたが、我々は翌朝撤収しやすいように、駐車場に近い場所にテントを張りました。夕食を終えて、テントの中で休んでいると、19時過ぎに「クマが出た」と外で騒ぎがしました。急いでキャンプ場の奥に向かうと、クマが藪の中に入るところでした。この騒ぎで奥の方にテントを張っていた人たちはテントを移動させたり、テントはそのまま残して食料を持って車に避難したようでした。
 翌朝もクマがでるのではないかと、奥のテーブルでカメラを持って待ち構えていました。しばらくすると林の中から「ミシミシ」と動物の気配がして、予想通りクマが姿を現しました。
 クマは車に避難した人のテントのまわりをうろつき、ゴミの入ったポリ袋を口にくわえて林の中に入っていきました。
 約30分後、そのクマは再び現れ、同じようにポリ袋をくわえて林の中に入っていきましたが、三度目に出てきたときは別の場所でした。中に人が寝ているテントのまわりを物色し、外に何も出ていないことがわかると林の中に入っていきました。
 クマは仔熊と思われ、テントのまわりに食料があると学習しているようです。15mほどの距離でカメラを構えても威嚇するようなことはなく、人間に危害を与えるような様子はありませんでしたが、今後も食料を探してテントの近くに現れると思います。
 そのためキャンプ場では、林に近い場所にテントを張らない、クマは嗅覚が鋭いので食事を終えたらゴミや残った食料は匂いがもれないように密封してテントの中に入れるなどの対処が必要だと思いました。

 

 

 

                                            (続く)

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