執筆後記(飯豊山周辺森林生態系保護地域)

 2000年7月下旬に林木育種センターの宮浦富保さんから電話があった。仕事上では林木育種センターとは付き合いがないので人違いだと思ったが、『森林科学』で連載している森林生態系保護地域の飯豊山周辺の解説を書いてほしいという。『森林科学』で全国各地の森林生態系保護地域を紹介していることは知っていたが、ろくに読んだことはなかったし、それに自分自身が飯豊山周辺で仕事をしたことがあったわけはなかった。私は2、3の飯豊山周辺で仕事をしている人を紹介したのだが、宮浦さんは「武田さんは飯豊に何回か登っているらしいので、読んで飯豊に行きたくなるような文章を書いてほしい」と言った。どうやら桜井尚武さんが私を紹介したらしかった。
 とりあえず「考えさせてください」と一旦電話を切り、森林生態系保護地域の解説が始まってからの『森林科学』を並べてみた。全国には26の森林生態系保護地域があり、これまで約半分が紹介されている。執筆者は大学や博物館に勤めている人や森林生態系保護地域の設立に関わった林野庁の人で、私のような職場に勤めている人間はいなかった。内容はその地域の概況からはじまり、自分自身の調査研究を紹介しているものが多かった。
 私自身は飯豊連峰を何回か歩いているものの、調査といえばカタツムリやカミキリムシを探したことがあるくらいで、森林に関しては人の手伝いをしたことがあるだけだった。こんな私が飯豊山周辺の自然についての解説を書けば、他人の文章の寄せ集めになってしまう。しかし、せっかく与えてもらった機会なのだから、自分なりの飯豊山周辺の解説を書いてみようと引き受けることにした。

 まず文章の構成を概況、雪、ブナ林、偽高山帯、高山植物、昆虫、カタツムリ、植生破壊に関する8項目にした。さらに哺乳動物と野鳥を付け加えれば、飯豊山周辺の自然についてほぼ全体を解説できたと思うが、哺乳動物と野鳥については全く知識がないことと字数の制限があるので割愛した。

 概況については『飯豊連峰 山と花』を中心に、各種登山ガイドブックや山岳雑誌を参考にした。『飯豊連峰 山と花』で見られる「偏東積雪」という言葉は、「意味はわかるが、一般的な言葉ではない」と森林総合研究所十日町試験地の山野井克巳さんから指摘されたので使わなかった。
 小荒井実『飯豊連峰 山と花』誠文堂新光社
 前橋営林局『飯豊山周辺森林生態系保護地域』
 小泉武栄・清水長正『山の自然学入門』古今書院
 板垣英夫『飯豊山麓の生活と昔話など』山と渓谷453

 雪については上記の書に加え、羽田寿志さんから石転び沢の消雪状況について教えていただいた。羽田さんによれば、石転び沢の雪は7、8年に1回完全に消える年があるそうだ。また杁差岳の雪形については、平田大六さんにお訊きした。『図説雪形』では、関川村の盆歌に「杁差岳 人形見れば 家内みな出る 豆蒔きに」とあるが、大六さんは「高橋千代吉さんが『杁差岳 杁爺出れば 可愛いあの子の紅だすき』と唄っていたのを聞いたことがあるがその歌詞は知らない」と答えたので、引用しなかった。
 斎藤義信『図説雪形』高志書房
 梅田 始『風土記 新潟の雪形』新潟県自然観察指導員の会
 平田大六『自然漫歩』新潟日報
 平田大六『国立公園585』国立公園協会

 ブナ林については一番詳しいはずなのだが、なぜか最後まで書くことができなかった。何とか字数を埋めたが、つまらない内容になってしまった。恩師である丸山幸平先生に申し訳ない。

 偽高山帯については追い出し現象までは理解していたが、その後の説の展開はよくわからなかった。森林総合研究所東北支所の杉田久志さんの論文を参考にして書き上げ、杉田さんにも原稿をチェックしていただいた。
 杉田久志『後氷期のオオシラビソ林の発達史 分布特性にもとづいて』植生史研究6
 杉田久志『オオシラビソの分布と発達史』遺伝44

 高山植物ではイイデリンドウを取り上げないわけにはいかない。イイデトリカブトが最近発見されたということを知っていたので、イイデトリカブトも含めて飯豊の高山植物について新潟大学の石沢進先生に訊いたところ、イイデリンドウに似た個体が月山でも発見されているらしく、飯豊連峰固有種とは言えない状況だと言われた。イイデトリカブトやホソバコゴメグサについても、変異が大きく今後の調査によって月山や朝日連峰で発見されることも考えられるので、「飯豊連峰固有」という言葉は使用しなかった。
 小荒井実『飯豊山・花の旅』月刊さつき研究社
 高橋金雄『花の山旅 飯豊・朝日』山と渓谷社

 昆虫については、ヒメハナカミキリだけに限定した。数年前ヒメハナカミキリの研究で知られる窪木幹夫さんを温身平に案内したこともあったし、環境庁の調査で稜線のヒメハナカミキリを採集したこともあった。そこで飯豊連峰のヒメハナカミキリに関する知見を窪木さんに教えてもらい、最後は針葉樹林帯の消失とからめた。
 窪木幹夫『ヒメハナカミキリ』文一総合出版
 斎藤秀生『カミキリムシの魅力 日本を代表するカミキリムシ・ピドニア』築地書館
 日本鞘翅目学会『日本産カミキリ大図鑑』講談社

 カタツムリについては実際調査していたので、すんなり書くことができた。林業関係者にカタツムリが「森の弱者」と言われていることを知ってもらうことと、林業関係者にもごくわずかにカタツムリに興味がある人がいうので、その人達のためにカタツムリの項も加えた。
 前田和俊『Euhadra資料』わだつみ通信89
 村山 均『いわゆるカワニシマイマイについて(予報)』しぶきつぼ16

 植生破壊については、飯豊の絶好のキャンプ地だった天狗の庭が侵入禁止になったことや、最近登山道が付けかえられた場所があるので加えることにした。さらに登山用ストックの使用者の増加にもふれた。私も時々ストックを利用しているが、主に熊と出遭った時の護身用であった。しかしそのストックも胎内尾根に置き忘れてしまった。現在は山仲間からいただいたアカザ(植物名)の杖を時々使用している。
 観光資源保護財団『巻機山の自然』
 日本ナショナルトラスト『よみがえれ!!巻機山の自然』
 松本 清『よみがえれ 池塘よ 草原よ』山と渓谷社

 2月発行予定の『森林科学31号』だったが、新年度になって漸くできた。職場構内ではフキノトウが咲き始めたが、窓から見える飯豊連峰はまだ真っ白な雪に閉ざされている。これまである程度の知識はあるものの、どちらかと言えばその知識のなかで漫然と飯豊を歩いてきたように思う。今年は自分が書いた文章を確かめながら、飯豊を歩き直したいと思っている。
 本文中では触れなかったが、この機会を与えていただいた宮浦富保さん、桜井尚武さん、文章を読んでいただき適切な指摘をしていただいた杉田久志さん、箕口秀夫さんにお礼申し上げる。

 2001年4月

  武田 宏

 

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